ミックスをしていて「理想とはちょっと違うんだけど、かといって何を直せばいいのか分からない。やるだけのことはやったのに」と迷うことはありませんか?
こういった違和感の正体を探るツールはないものかな、と思って同僚や先輩たちと雑談をしていたら、メーターやアナライザーという言葉がでてきて、気になり出しました。
メーターやアナライザーを見た上で、どういう処理が必要だとわかれば、いま僕が感じている違和感も解消されるかもしれません。
そこで、社内でもっとも機材や歴史に詳しいヨースケ先生に「メーターとかアナライザーの見かたを教えてください!」とお願いして講義を受けてきました。
- 自分の曲のミックスをしていて「何となく近い音っぽくなっている気がするんだけど、理想とは違う。けど何が問題なのか分からない」みたいなことがあるんです。
つまり、ルーキーくんには理想とする音が頭の中にあるんだけど、どこを調整していいのか分からないってことだね。
人間の耳って自分が思っている以上に毎日コンディションが違うものだから、昨日聞いていたものがベストだと思っていたのに、翌日改めて聞いてみたら「あれ、なんか違う」と感じる経験、したことないかな?
- あります。もはや朝と夜でも聞こえ方や感じ方が違いますよね。
それくらい、コンディションによって違うものなんだよね。音楽だから本当は耳で100%判断した方がいいんだけど、こうやって聞こえ方が変わってしまうんだったらメーターやアナライザーなどで数値化された事実も確認した方がいい。僕らの耳は天気や体調で左右されるけど、アナライザーは嘘をつかないからね。数値を「見る」ことで、自分のミックスの現状を頭で理解できるわけだから、ミックスの成長にもつながると思うよ。
- 耳だけで判断できるようなエンジニアさんでもアナライザーは使いますか?
熟練のエンジニアさんなら、基本作業はアナライザーに頼ることなく耳で作業することが多いかもね。ただ、普段と違う環境で仕事をするときだったり、冷静な判断をするというときにはアナライザーを併用する方もいる。感覚頼りにならないことがアナライザーの利点だね。メーター/アナライザーにはたくさんの種類があるから、順番に紹介していこう。
- 僕は普段ピークメーターを使っています。でも一方で「VUメーターの見かたを知っておいた方がいいよ」と先輩に言われることもあって。何が違うんですか?
VUメーターは300ms(0.0003秒)の平均音量を表示してくれるメーターで、瞬間(ピーク)よりちょっと長い「短時間」の音圧を教えてくれるものだね。
- 「平均がわかる」って、何か役立つんですか?
平均値を知るのはミックスにおいてすごく重要なんだよ。DAWでレコーディングするとき、ピークメーターの赤がついたらどうする?
- 音が歪んだり割れてしまったりするので、インプットボリュームを下げます。
そうだよね。でも、アタックが強いキックとかスネア、ベースなんかの場合だと、ピークメーターは結構簡単にピークを超えてしまうはず。こういう音の場合、VUメーターだとほとんど「音が出てないよ」という表示をする。つまりこれは「この音にはもっとコンプレッサーを使って、ピークを抑えて全体の音量を上げた方がいいよ」という指針になるんだ。
ルーキーくんは「ラウドネスメーター」というものを説明できる?
- 人間の耳に近い、音の大小を表すメーター....という意味ですかね?
間違いではないけど、たぶんぼんやりした理解に留まっている気がするね。ラウドネスメーターは、さっき話したVUメーターと近い原理で、400ms(0.0004秒)の平均を表示してくれるメーターだね。ここにNugen Audioの MasterCheck Proがあるから、これで説明をしよう。
この画像でいうと、左側の黄色いメーターがPLR(Peak to Loudness Range)を表している。つまり「ピークの音量と、平均時の音量の差」がここに数値化されているんだ。VUメーターのところでも話したけど、この数字を見ればコンプを必要としているか、これ以上コンプはいらないのかが分かる。じゃあVUメーターと違うところはどこか分かる?
- ラウドネスメーターは人間の聴覚の特性を反映させている、と聞いたことがあります。
そう、Kカーブというやつだね。低音は認識しにくく、2~4kHzあたりは認識しやすいという人間の聴覚特性に基づいたフィルターをかけてラウドネス値というのは測定されているんだ。この図がKカーブだね。
この図をみると、人間が認識しづらい低音の方はラウドネス測定でもほとんど測定されず、逆に高音のほうは3〜4dBほどプラスされて測定されることが分かるよね。これを踏まえると、ボリュームメーターだけを見てミックスするだけでは、耳で聞いたときの感覚とズレが生じてしまう、ってことがわかるよね。
- iZotopeのTonal Balance Controlなどを見てみると、楽曲の理想的な周波数分布がこの画像のようになるというのも、人間の聴感特性によるものでしょうか?
まさにその通りだね。これをみてフラットな形にしようとすると、高音がうるさくなってしまうのは想像がつくよね。
- 初心者が特に意識した方がいい、見た方がいいというものはありますか?
マスキングというものを早い段階から意識する、目で確認することができれば、大きな発見があるんじゃないかな。マスキングとは、複数のトラックの周波数帯域が「カブる」ことです。カブってる帯域があると、少しでも音量の小さい方が聞こえづらくなる。
よく言われている対処法として、互いにカブりがあるトラックにEQ処理を行って、それぞれの音が被らないようにカット/ブーストすることが挙げられるけど、初心者のうちは耳で聞いてもどこがカブっているか、なかなか分からないよね。
SonnoxのEQ、Claroなんかは複数のトラックにインサートするだけで、カブりが発生する帯域を表示してくれるので、非常に便利。ミックスをする上でマスキングの対策は必須科目ですから、早めに認識できるツールを導入しておきましょう。
ルーキーくんは、自宅でミックスをするときに十分にレベルを上げてスピーカーで作業できている?
- いえ、大きな音を出せる環境ではないです...
そうだよね。日本のユーザーさんは住環境などの理由で十分な音量でのモニタリングができない方も多いし、僕も同じです。そこで、RTA(リアルタイムアナライザー)を活用するといいんだよ。
- どうやって活用するのでしょうか?
先ほどラウドネスメーターのところで話したように、人間の聴覚は低域から超低域にかけて非常に認識しづらい特性をもっているので、十分な音量で聞いていない場合はほとんど低域に関する判断が「できない」んだ。そこで、こういったRTAを活用して低域がどれくらい出ているのか、目でも把握した方がいい。
- キックやベースは自宅でなかなかうまくミックスできないなとずっと感じていましたが、目からの情報を補うことも大事なんですね。
その他にもどの帯域に音が密集し、どの帯域に音が足りないかも目で補完できるよ。感覚だけに頼ることを否定するわけではないけど、ルーキーくんが最初に話していた「違和感」なんかはこういうツールでその原因が発見できるかもしれないね。
Flux::のStudio Session Packに収録されているSession Analyzerなんかは、見た目もいいし、アナライザーとしても優秀。これはおすすめだよ。
- そのSession Analyzerを調べているときに思ったのですが、このアナライザーにはPhase Scopeというメーターもあります。これは何ですか?
Phase Scopeは位相測定器だね。縦軸がセンターに該当してて、ステレオの音の位相差を表してて、横軸はLRの偏りを表しているんだ。
- そもそも「位相」とはなんなのでしょう?
音の波の周期的な繰り返しのこと。同じ形の波形でも、正相成分と逆相成分があって、それぞれ発音からプラス方向に振れ始めるか、マイナス方向に振れ始めるかの違い。正相成分と逆相成分の混ざりかたによって、音の聞こえかたは変化するんだ。
- ちょっと難しい話になってきました。
とにかくPhase Scopeを見てみよう。正相成分が多ければ、この光は中央から上方向に伸びていく。逆相成分が多い素材のときは、中央から下方向に伸びていく。たとえば、LRのバランス、正相と逆相がともに等しい音だったら、縦一直線の線のみが表示される。
- じゃあその音(トラック)のパンを右に振っていくと、この直線は時計回りに傾き、Lに振れば半時計回りに傾くということですね。でも、この情報を目でみることで、どういった対策につながるんですか?
時間変化があるような処理、たとえばリバーブなんかをかけた時に、オフのときと比較してどういう音の広がり方をしているか目でもチェックできる。スピーカーで聴いている印象以上に広がっているとか、逆に思ったより広がっていないとか、そういう判断基準が持てるよね。またはマスタートラックに使うことも大事。音がどれくらい密集しているか、あるいは分散しているかがリアルタイムに分かる。
- 音の広がりこそ、きちんとしたモニター環境がないと判断ができないですもんね。
その通りだね。だから、こういうツールを使って目でも確認するということは、とても大事だよ。
今回はミックスをする中で感じる違和感を目で確認する方法として、ヨースケ先生からアナライザーの解説をしていただきました。
自分が耳で聞いて感覚的に捉えていたものが、データとして目に見えることで新たな発見がありそうですね。
解説のヨースケ先生、そして最後までご覧いただいた皆様、ありがとうございました!